中部大学のサイトへ

トップページ
研究紹介
スタッフ紹介
メンバー紹介
研究業績
学生の皆さんへ
高校生の皆さんへ
ロケーション
過去のトピックス

研究紹介

概 要 主な研究内容


概 要

 我々の研究室では、生体物質やバイオマス資源などの様々な天然有機物を、煩雑な試料前処理を一切行うことなく高感度に精密計測することのできる新規分析手法の開発を目指しています。 例えば、培養中の細菌コロニーやミジンコ・微細藻類などの微生物試料を、固体状態のままでそのまま測定システムに導入して、それらの試料に含有される構成成分の分析を行う方法の開発を手掛けています。方法論としては有機化学反応とガスクロマトグラフィーをカップリングさせた「反応熱分解ガスクロマトグラフィー」 に注目し、その開発・改良を通じて、各種の天然有機物試料の化学組成や構造キャラクタリゼーションを迅速かつ簡便に行える実用分析法 を開発しています。

 また、開発した分析手法を発展的に応用して、医学、微生物学および木材化学などの諸分野から文化財科学や考古学などの領域に到る様々な学際的な応用研究を手掛けています。例えば、これまでに、ごく微量(マイクログラム単位)の 動物・植物プランクトン類に含まれる脂質を、詳細に分析する手法を開発してきました。これにより、ミジンコ1匹(乾燥重量はマイクログラム単位)中に含まれる脂質の解析が可能となり、この方法は生態学の研究者にも実際に利用されています。また、ミジンコ以外にもバクテリアや植物プランクトンなどの微生物類、ヒト血清 、および木材などの様々な試料対象の構成成分を詳細に分析する分析メソッドの構築を行ってきました。

 さらに、最近では分析化学の視点を活かして、廃棄物系バイオマスの再資源化を促進することを目的とした研究テーマ も手掛けています。廃木材や茶粕などの廃棄物系バイオマス(バイオウェイスト)に含まれる有用成分の化学構造や成分組成を解析し、それらの成分の生理活性作用との相関を解析する研究を進めています。また、高温高圧水を利用した水熱プロセスを利用して、様々なバイオウェイストから有価物を回収したり、燃料ガスを回収するなどの実験も行っています。こうした研究推進を通じて、持続性社会の実現に貢献すること も目指しています。

 詳細は、以下の「主な研究内容」で紹介します。

 

主な研究内容

1. 微量生体試料に含まれる脂肪酸成分の高感度分析

 生体中の脂肪酸成分は構造脂質や貯蔵脂質の構成要素であるだけでなく、生体内で様々な機能を発現したり、生理活性を有したりすることが知られています。そのため、脂質代謝や生命機能などを解明するためにも、含有される一連の脂肪酸成分の分子構造や化学組成を解析することは重要です。

 我々の研究グループは、水酸化テトラメチルアンモニウム [(CH3)4NOH; TMAH] などの有機アルカリ共存下での化学反応場とガスクロマトグラフィー(GC)を結合した反応熱分解GCにより、微量の生体試料中に含まれる脂肪酸成分の迅速かつ簡便な高感度検出を行ってきました。さらに、より高い反応性を有する試薬の探求や反応条件の適正化を通じて、熱的に不安定な多価不飽和脂肪酸を含めた一連の脂肪酸成分の化学組成を精密に解析することを可能にしてきました。ここでは 、そうした研究例をいくつか紹介します。

主な研究テーマ
・ ミジンコ1匹(数十マイクログラム単位)における脂肪酸組成の高感度分析
・ ミジンコ1匹の脂肪酸組成解析に基づいた新規毒性試験法の開発
・ MALDI-MSによるミジンコ1匹中の脂質成分の構造キャラクタリゼーション
・ 数マイクロリットルのヒト血清中に含まれるEPAおよびDHAの精密組成解析
・ ショウジョウバエの脂肪酸代謝における個体差の解明
・ 食用油中のトランス脂肪酸成分の高感度な迅速解析法の構築
・ 微細藻類中の多価不飽和脂肪酸成分の実用的な解析方法の開発
・ 細菌種に対する選択性を付与する反応熱分解GC用試料プローブの調製
・ えごま油の変性を回避した調理方法の開発についての研究

A. ミジンコ1匹における脂肪酸成分の実用的な化学組成解析法の開発

 内分泌撹乱化学物質や農薬などの合成化学物質が水圏生態系に及ぼす影響の評価方法として、環境指標生物であるミジンコを用いた遊泳阻害試験が般用されています。しかしながら、この試験法では、化学物質を含む水溶液中でミジンコが泳げなくなる状態や生まれる子供の数を目視して、その物質の毒性を評価するに過ぎません。従って、この方法により、化学物質の毒性を詳細に数値化したり、泳ぎ方の変化などに表れない低濃度の毒性を評価したりすることは困難です。一方、我々は、有機アルカリ共存下での反応熱分解GC(反応熱分解GC)により、ミジンコ1匹(乾燥質量:数十マイクログラム程度)中に含まれる脂肪酸成分を、煩雑な試料前処理を一切使わずに迅速かつ簡便に高感度分析することに成功してきました。そこで、この方法を発展的に応用して、生態毒性試験に供した数匹程度の微量のミジンコ中に含まれる脂肪酸成分の精密解析が可能になれば、その解析結果を現在の毒性試験法に加味することを通じて、諸化学物質が生態系に及ぼす影響をより詳細に評価できることに着目しました。

 ミジンコ試料にはDaphnia pulex を使用し、飼料として緑藻の一種であるクロレラを与えながら5〜20日間飼育したものをそれぞれ個別に反応熱分解GC測定に供しました。また、化学物質の共存実験では、7日齢のD. pulexをビスフェノールAの5 ppm水溶液中で10日間飼育したものを試料に用いました。まず、反応試薬の種類や反応温度などの様々な反応パラメーターの最適化実験を行ったところ、反応試薬には有機アルカリ試薬の一種である水酸化トリメチルスルホニウムを選択し、また、反応温度を300度に設定したときに、ミジンコ中に含有される脂肪酸成分を最も効率よく検出できることを見出しました。得られたクロマトグラム上には、リノール酸(C18:2)やα−リノレン酸(C18:3)などの多価不飽和脂肪酸を含む一連の脂肪酸成分がそれらのメチルエステルとしてはっきりと観測され、ミジンコ1匹中の脂肪酸成分を高感度検出する方法論を構築することができました。

 そこで、この方法により、ビスフェノールA共存下で飼育したミジンコにおける脂肪酸組成の分析を試みました。その結果、当該物質の存在により、一連の脂肪酸成分の中でも、多価不飽和脂肪酸成分であるα−リノレン酸の組成がある程度減少することを見出しました。このように、本手法により得られる、ミジンコ中の脂肪酸成分の化学組成を手掛かりに用いて、各種の化学物質が生態に及ぼす毒性を評価できる可能性が示唆されました。

 

B. 脂肪酸組成解析に基づく消毒薬耐性細菌の簡易判別

 トリクロサン [5-chloro-2-(2,4-dichlorophenoxyl) phenol] はビスフェノール系の消毒薬であり、石鹸や歯磨き粉などの衛生商品にも汎用されています。最近、このトリクロサン耐性細菌による病院感染が発生しており 、医療の分野では細菌における耐性作用の有無の迅速判別が求められています。この耐性発現には、細菌細胞膜中の脂肪酸成分の化学構造や化学組成の変化が関与していることが報告されています(大竹ら, 2009; Tkachenko ら, 2007)。ここでは反応熱分解GCにより、消毒薬耐性菌中の脂質を構成する脂肪酸成分の化学組成を培養中の微量(数μg)細菌をそのまま試料に用いて 、精密かつ迅速に解析することを目的としました。さらに得られた脂肪酸組成のデータを基にして、多変量解析法の一種である主成分分析法を併用することにより 、消毒薬耐性菌と耐性を持たない通常菌との迅速識別を行うことも試みました。

 試料には、大腸菌K-12株と、その菌株をトリクロサン存在下で培養して当該物質への耐性を付与したもの用いました。いずれも培養温度37度で80分から320分の任意の時間培養を行 いました。これらの細菌試料の約100 µgを反応試薬である水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)と共存させて400度で反応熱分解GC測定を行いました。その結果得られた 、元の大腸菌と耐性菌のクロマトグラム上には、パルミチン酸(C16:0)やシクロヘプタデカン酸(C17cy)などのリン脂質を構成する11種類の脂肪酸成分が 、それらのメチル誘導体として共通して観測されました。これらのピーク面積から大腸菌における脂肪酸組成を算出したところ、変異株では、野生株と比較して短鎖脂肪酸であるペンタデカン酸(C15:0)の減少および不飽和脂肪酸であるオレイン酸(C18:1)の増加が特徴的に認められ 、これらの成分が薬剤耐性の発現に大きく関与していることが示唆されました。さらに反応熱分解GCにより観測された全脂肪酸成分の化学組成をデータベースに用いて 、多変量解析法の一種である主成分分析を行ったところ、両試料のプロットはトリクロサン耐性の有無を反映してはっきりと分類されました。この方法では,培養中のごく微量(数十μg)細菌を含水系のまま測定に供することができるため 、今後、主成分分析法を併用した反応熱分解GCの手法がトリクロサン耐性菌の迅速判別法として実用されることが期待されます。

 

C. 食用油中のトランス脂肪酸成分の迅速定量法の開発

 トランス脂肪酸とは、トランス型の二重結合を含む一連の脂肪酸成分の総称です。このトランス脂肪酸の摂取量と各種心疾患リスク間には強い因果関係があることが報告されており、食用油中のトランス脂肪酸量を迅速かつ正確に解析するための技術開発が国内外を問わず「食の安心・安全」の分野において急務とされています。しかしながら、現状の分析法では、試料前処理操作を含めると、1検体あたり半日超の長い測定時間が必要であり、多検体のルーチン的分析に求められる迅速性や簡便性などの諸条件を満たすものではありません。こうした中で、我々は、有機アルカリ試薬共存下での反応熱分解ガスクロマトグラフィー(反応熱分解GC)により、煩雑な試料前処理操作を行わずに油脂中のトランス脂肪酸類を迅速かつ簡便に検出することを試みました。

 試料には、トリグリセリド標準試料としてリノール酸(C18:2)からなるトリリノレインを用いました。また、実際の食用油試料としてキャノーラ油を用い、それを200度下で0-7日間加熱処理したものを測定に供しました。これらの試料のクロロホルム溶液(10 mg / ml)の2 μl と有機アルカリ試薬溶液の数 μlを白金製の試料カップに加え、これをGC装置に直結した熱分解装置に導入して試料の反応熱分解GC測定を行いました。また、分離カラムにはシアノプロピル基を88%含む強極性固定相を有するキャピラリーカラムを使用しました。

 反応熱分解の過程で、油脂中の不飽和脂肪酸成分のシス-トランス異性化が進行する恐れがあったため、まず、トリリノレインを試料に用いて、異性化を最も抑制できる反応熱分解条件の検討を行いました。その結果、反応試薬として水酸化トリメチル(トリフルオロ-m-トリル)アンモニウム(TMTFTH)のメタノール溶液(0.2 M)を選択し、反応熱分解温度を300度、また、試料と試薬間の化学量論比を約1:200に設定したときにシス体からトランス体への異性化率を1 %以下に抑制し、リノール酸成分を対応するメチルエステルへとほぼ定量的に変換できることが分かりました。さらに、この最適条件下での反応熱分解GCを発展的に応用して、0〜7日間加熱処理したキャノーラ油試料に含有されるトランス脂肪酸量の変化を高精度に分析することもできました。

 

2. 環境・食品・裁判科学関連試料の微量精密計測への応用

 反応熱分解ガスクロマトグラフィー による生体脂肪酸の分析メソッドを発展的に応用して、環境・食品・裁判化学などの広範な分野に関連する試料の微量分析を手掛けています。

主な研究テーマ
・ 細菌細胞内に蓄積された生分解性ポリエステルの共重合組成の直接解析
・ 生分解性ポリエステルの共重合組成の変化に注目した土壌分解メカニズムの解明
・ 冬虫夏草中の抗生物質コルジセピンの高感度な簡便定量法の開発
・ 伝統和式カーペット「油団」の 成分分析とその材料特性の発現機構の解析
・ 放火現場に痕跡量残された植物油の迅速な種類特定方法の開発

A. 細菌細胞内に蓄積された生分解性ポリエステルの共重合組成解析

 ポリ(3-ヒドロキシ酪酸-co-3-ヒドロキシ吉草酸)[P(3HB-co-3HV)]は水素細菌などのある種の細菌によって生産される生分解性ポリエステルの一種であり,その優れた機械的性質を活かして包装資材などに広く利用されて います。このP(3HB-co-3HV)の共重合組成は,その生分解速度、結晶化度や透明性などの諸物性に密接に関連しています。従って、諸物性に優れたP(3HB-co-3HV)を生産する細菌種を発見したり 、生産性に優れた培養条件を決定したりするためには 、培養中の細菌コロニーに含まれるポリマー成分の共重合組成を迅速に分析する技術の開発が欠かせません。

 このP(3HB-co-3HV)では,モノマー単位がエステル基を介してポリマー鎖を構成していることから 、有機アルカリ共存下での反応熱分解GCを発展的に応用することにより、その共重合組成の解析が可能になることに着眼しました。ここでは試料として 、水素細菌(Cupriavidus necator, NBRC 102504)を使用しました。培養方法として、まず、グルコースを添加した寒天培地上で培養を行い、水素細菌を活性化してから、次に、炭素源として吉草酸を加えた液体培地(pH = 6.8,温度30 ºC)中で培養する2段階式の方法を用いました。なお、培地中に添加したグルコースに対する吉草酸の濃度比を0.125から0.5まで変えることにより 、共重合組成の異なるP(3HB-co-3HV)成分を細胞内に含むことが予想される、一連の細菌試料を調製しました。この液体培地を遠心分離して得られた細菌コロニー試料(30 ± 5 µg)と反応試薬であるTMAHの25 wt%メタノール溶液を白金製試料カップの中に加え、これを一定温度に保持した熱分解装置に導入して反応熱分解GC測定を行いました。

 まず、反応試薬の添加量や反応温度などの反応熱分解に関する諸パラメーターの最適化を行 いました。その結果、それぞれ4 µl(試料と試薬の量論比は1:30)および400度に設定した時に、水素細菌中のP(3HB-co-3HV)]成分におけるエステル結合の加水分解およびメチル誘導体化が最も高効率に進行することが分か りました。こうして最適化した条件下で水素細菌を反応熱分解GC測定して得られたクロマトグラム 上には,3HB単位から生じたブテン酸メチル類や3-メトキシブタン酸メチル、及び3HV単位から生じた2 -ペンテン酸メチル類や3 –メトキシペンテン酸メチルなどのピーク群がマトリックス成分の妨害を受けることなく明瞭に観測されました。それらのピーク面積から算出した 、細菌中のP(3HB-co-3HV)における共重合組成の値は、オフラインでの加水分解反応を利用する従来法によるデータと極めてよく一致し ました。さらに、反応熱分解GCによる測定値の相対標準偏差(RSD)は5%以下(n = 3)であり、従来法によるRSD(1%以下)よりはやや高い値 でしたが、細菌中のP(3HB-co-3HV)の実用的な分析を行なうには十分な精度を有することが分かりました。

B. 冬虫夏草中の抗生物質コルジセピンの高感度な簡便定量法の開発

 冬虫夏草とは昆虫に寄生し、その体内に菌核を増殖させ、昆虫の頭部や関節部から棒状の子実体を伸ばし成長する菌類の総称です。冬虫夏草にはコルジセピンという抗生物質が含まれており、この成分はがん細胞の増殖抑制作用をもつことが知られてい ます。そのため、冬虫夏草の効果・効能を調べるためにも、その含有量を迅速かつ精密に定量することが求められています。現在、冬虫夏草中のコルジセピンの分析には、溶媒抽出を併用した液体クロマトグラフィーが使用されてい ますが、この方法ではmgオーダーの比較的多量の試料が必要であったり、試料前処理に長時間がかかったりするなどの問題点があります。そこで我々は、メチル化剤共存下での反応熱分解GC/MSにより、冬虫夏草中のコルジセピンの精密定量を、粉末状の冬虫夏草試料をそのまま用いて迅速かつ精密に行うことを試み ました。

 

 試料として、サナギタケ(Cordyceps militaris)の腹部から生長した子実体部を凍結粉砕し、微細粉末にしたものを使用し ました。この粉末試料の300 µgとメチル化剤である水酸化テトラメチルアンモニウムの5 µlを白金カップに入れ、400度下で反応熱分解GC/MS測定し ました。まず、コルジセピン標準試料を反応熱分解GC/MS測定したところ、コルジセピンが全メチル化される反応と、当該分子中のアデニン残基が熱分解され、生じたアデニンがメチル化される反応が競争的に進行することが分か りました。それらの生成物のうち、コルジセピンの全メチル化体の質量スペクトル上には、m/z 192において特徴的なフラグメントイオンがベースピークとしてはっきりと検出されました。このm/z 192における反応熱分解マスクロマトグラムを、実際のサナギタケ試料について観測したところ、コルジセピンのメチル化体のピークを、マトリックス成分の妨害を回避して明瞭に検出することができ ました。

 そこで、当該ピークの面積を手掛かりに、コルジセピン標準溶液を用いた検量線法によりサナギタケ中のコルジセピンの定量を試みましたが、定量値の相対標準偏差は10%以上となり、精密な分析を行うことが出来 ませんでした。この理由として、コルジセピン標準溶液の反応熱分解では、熱エネルギーが直接試料成分に伝わるため、前述した2種類の熱分解反応(コルジセピンの全メチル化と、アデニン部の開裂およびメチル化)の割合における安定性が低下してしまうことを考え ました。そこで、熱エネルギーを緩和するために、マトリックス成分を模したろ紙にコルジセピンを含浸させ、次いで、そのろ紙を凍結粉砕して調製した粉末試料を標準試料に用いて、サナギタケ中のコルジセピン含量の定量を試み ました。その結果、定量値の再現性は約5%まで向上し、「マトリックス成分を加味した標準試料」を用いた反応熱分解GC/MSにより、冬虫夏草中のコルジセピンの定量を迅速かつ精密に行うことが可能にな りました。

C. 伝統和式カーペット「油団」の成分分析とその物性発現メカニズムの解明

 「油団」とは,何枚も貼り重ねた和紙の表面に乾性油を塗布して作られる、日本の伝統的なカーペット(夏季用の敷物)です。かつては、この油団は北陸地方を中心に日本各地で作られきましたが、今では同地方においてわずかな数の職人によって作製されているに過ぎません。しかし、最近、油団のもつ優れた強度や撥水性もあいまって新聞やテレビなどで油団が紹介される機会も少なくなく、その再評価の機運が高まりつつあります。
 この油団のユニークな特徴の一つとして、極めて長い使用期間を経て、その物性が徐々に向上することが挙げられます。まず、作製直後の油団では、その上に家具を置いた跡が容易に残ってしまったり、水をこぼすと染みになったりするなど、敷物として十分な強度や耐水性を持っていません。しかし、油団を使用し続けるにつれて、その強度や耐水性が徐々に向上して敷物としての使用に十分耐え得るようになり、製造後20〜30年ほど経過したものではそれらの諸物性が最適になることが知られています。こうした油団の不思議な物性発現の原因を探求するために、我々は「油団」中の油脂成分の化学構造解析を、有機アルカリ共存下での反応熱分解ガスクロマトグラフィーにより行いました。

 まず,実際に職人により作製されて5年及び45年経過した新旧の油団試料を、有機アルカリの一種である水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)共存下で400度において反応熱分解GC測定しました。いずれのクロマトグラム上にも、油脂の酸化物に由来して生じることが知られているスベリン酸やアゼライン酸などのジカルボン酸のジメチルエステルが油団に特徴的なピークとして観測されました。特に、古い油団試料では、もとのえごま油に由来する脂肪酸成分がほぼ完全に消失したことから、古い油団ではえごま油の酸化がより一層進行し、難分解性の3次元ネットワーク構造が形成していることが示唆されました。さらに、100度で5時間加熱して油脂成分を硬化させた、えごま油及び油団モデル試料の反応熱分解GC測定を通じて、上記のジカルボン酸類がえごま油の酸化反応を経て形成された3次元ネットワーク構造から主に切り出されていることを実証しました。以上の結果から、油団表面上でえごま油の硬化反応が徐々に進行しており、このことが、使用して20〜30年経過して強度や撥水性などの諸物性が最適になるという油団のユニークな性質と密接に関係していることが明らかになりました。

 

3. 高温水を利用した廃棄物系バイオマスの有効利用の研究

 上述した分析方法を、バイオマス原料の詳細な計測へと発展的に応用することを試みています。 一例として、廃木材に多く含まれる縮合型タンニンに注目し、その成分の詳細な構造解析結果と、抗酸化性や抗菌性などの生理活性試験との相関を解明する研究を手掛けています。

 また、超臨界水や亜臨界水を媒体に用いた「水熱反応」を利用して、 廃木材やおからなどの廃棄物系バイオマス(バイオウェイスト)から、有価物質を抽出したり、燃料ガスを回収するなどの高効率技術開発も行っています。

  
↑拡大するにはクリックしてください

主な研究テーマ
・ 水熱反応による生物系廃棄物(バイオウェイスト)の再資源化技術開発
・ 水熱プロセスによる廃木材からの縮合型タンニンの高効率回収
・ 有用成分の回収を取り入れた2段階式バイオマス変換システムの開発
・ 極低温クロマトグラフィーによるバイオマス水熱反応のメカニズム解明

 

↑上にもどる