嫌気性糸状菌のはなし


嫌気性糸状菌は,反すう動物の反すう胃から見つかり,1975年にケンブリッジのオルピン博士によってはじめて報告された微生物です.絶対嫌気性の菌類の存在はそれまで知られていなかったので,ちょっとしたセンセーションでした.実は,この菌はもっと前から知られてはいたのですが,まさか嫌気性の菌類があるとは誰も思わなかったことと(つまり,餌と一緒に胃袋に入ってくる好気性の菌類かなにかで常在菌であるとは思われなかった)そもそも数もたいして多くない(1)うえに細菌を釣菌する方法では単離できない(2)ことなどから,さして注意されなかったのです.当のオルピン博士にしても最初は鞭毛虫という原生動物をおっかけていたのです.そうしてこれらを培養していたらおどろくなかれ,鞭毛虫のいくつかがカビになったのです. 英語ホームページの表紙写真は,ヒツジの反すう胃から単離された嫌気性糸状菌の一種です. 真菌植物の鞭毛菌類に属する,ツボカビ目(スピゼロミケス目)ネオカリマスティックス科,シコミセス属に分類されます. このほかに,ネオカリマスティックス属,ピロミセス属,オルピノミセス属,アナエロミセス属などがあります.分類に多少の混乱があって,まだ最終的には確定していないようですが,この菌は,原始的な好気性水性菌類で古くは藻菌類として分類されていたものに類縁のものであることは確かなようです(3,12).
ネオカリマスティックス科の菌類は,絶対嫌気性であるということで,進化上の位置に興味深いものがあります.嫌気性生物の発生は,地球の大気組成の変遷を考えると好気性生物の発生に先行すると考えられるのですが,しかし,原核生物から真核生物へ至る原始的生命の発展過程で絶対嫌気性真核生物の発生はどこに位置づけるのがもっとも妥当なのか,実はかなり深い問題をはらんでいるのです.酸素があると死んでしまう嫌気性と酸素がないと死んでしまう好気性の違いを細胞の体制上の差,つまりミトコンドリアの有無,水素を生成する細胞内小器官であるヒドロゲノソームの有無や酸素ラジカル消去酵素の有無で説明することは可能ですが,一概に嫌気性の生物が好気性生物よりも進化上の起源が古いとはいえないようです.たとえば,ヒドロゲノソームの起源は細胞内に潜り込んだクロストリジウム属の細菌ではないかと推察されているので,好気条件で生育していたものが,嫌気条件でも生きられるようなエネルギー生成器官を獲得して嫌気環境に進出したとも考えられるからです.Nature誌でも、真核生物の起源についてヒドロゲノソーム説というのが議論されたことがありました。
ところで,私たちの研究室で行っている本菌に関する研究は,繊維分解システムについてです.じつはこの菌の生成するセルラーゼは比活性が高く,その機能について注目されています. 現在まで,私たちの行った研究は5本の修士論文と1本の博士論文になっています.これらの研究で,本菌は反すう胃でメタン細菌と共生関係を形成し,種間水素転移によって効率よい繊維分解を行うことていること(田中弘紀,1993(4)),菌種によってセルロース,キシラン等の各種多糖に対する利用性が異なること,分解する基質のセルロースとキシラン含量の比率に応じて優先的に分解する多糖を変化させる,すなわちほかのセルロース分解細菌やキシラン分解細菌に比べて基質の変化に対する対応力に優れていることがわかりました.(松井宏樹,1993(5,6,7);藤野優子,1999(13); Haら2001(15)),反すう胃に常在するセルロース分解性微生物としては異例のプロテアーゼ活性を持ち,効率の良い繊維分解に働いていること(浅尾紀和,1994(8)),や染色体DNAのG+C含量が20%以下である特異な生物であること(小沢正子,1995(9))について研究してきました.また藤野優子(1996(10)1998(11)によってセルラーゼ遺伝子のクローニングが成功しました.この研究では, Neocallimastix frontalis MCH3株のエンドグルカナーゼ遺伝子を単離し,塩基配列を解読しました.この遺伝子(cel A)は,セルロース分解細菌のエンドグルカナーゼとホモロジーが高く,イントロンも見られないことから原核生物から遺伝子の水平移動によって獲得されたものではないかと考えられました.またC末端側にSipタンパク結合ドメインをもち,セルロゾームを構成するセルラーゼであることがわかりました.またこの菌は,生長にともない菌体付着性よりもむしろ菌体外に遊離のセルラーゼやキシラナーゼを分泌する傾向の強いことがわかりました(藤野優子,1999(13,14)). この微生物を扱う上での問題は、生長(バイオマスの増加)が遅いことにゆらいします。遊走子のみを植え継ぐようなやり方でカルチャーを維持しようとしていると、2−3日ごとの植え継ぎのさいに、突然、死に絶えてしまうことがままあります。 わたしたちは、特に実験上の制約がない限りにおいては、牧草(チモシーやアルファルファの干し草、乾草といいます)の粉末を1g程度加えたComplexな培地に接種しています。菌がはえることによって乾草が塊となって上に浮かんできます。菌がガスを発生させるからです。この状態になったときに、無菌的かつできるかぎり嫌気的に乾草の塊の一部を新しい培地に移します。つまり、遊走子ではなく、栄養体(菌糸体)そのものを新しい培地にうつしています。そうすると、失敗はほとんどありません。 また、菌株の保存も、この状態のものにDMSOを4から5%添加し、4 C (30min) > -15 C(overnight) > - 80 Cというぐあいにゆっくり固めていきます。こうすると、たいていのものはうまく凍結保存できます。 遺伝子に関しては、きれいな染色体DNAを抽出することがなかなか難しいです。好気性糸状菌のように胞子を大量に作ることがありませんから、菌体マスの大部分は多糖によってしめられてしまい、きれいなゲノムDNAをとることが困難でした。抽出は、植物と同じように液窒下で物理的に粉砕して行いますが、たいていの場合で、量に問題がありました。 また、分類同定に関しても困難があります。光学顕微鏡レベルの形態観察で属までの同定は可能ですが、そこから、種レベルの同定は、電顕による細胞内小器官の微細な形状やその分布、さらに計数などの観察によって行う必要があって、なかなかたいへんです。 一時、嫌気性真核生物として新規性が認められたときには、イギリス・フランス・オランダ・オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ・そして日本でも研究するヒトがいましたが、最近では下火です。



関連論文
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