野生動物の腸内細菌研究



(1)ヒト上科霊長類の乳酸菌

ビフィズス菌は、人の腸内では菌数も多く、人の腸内細菌叢のなかでは優占種の一つです。さらに、ビフィズス菌は、現在までのところ(2015年現在)51種が認定されていますが、そのうち13種が人間から見つかるものです。他の動物で、ビフィズス菌がこれほど多様でかつ多数を占めるものはいません。ビフィズス菌を初めとする乳酸菌は、腸の健康にも大きく関係するので、広い意味で人と共生関係にあると言っても過言ではありません。
光岡知足先生のご研究で、人以外の動物ではビフィズス菌よりも、むしろ乳酸桿菌Lactobacillus属のほうが圧倒的に優勢であることがわかっています。ヒトの腸内で、これほど多様で多数派であるビフィズス菌は、ほかのヒト科の動物でも共通して多数派なのかどうかを調べるために、まずチンパンジーの研究から始めました(注1)。
ところが飼育下の個体からは後述するようにヒトと同じ種類しか取れてこないので、野生個体を研究する必要があると思い、ギニア共和国に向かいました。ここでは、30年あまり前から京都大学霊長類研究所の杉山幸丸先生のグループによって野生チンパンジーの研究が進められています。
2004年から研究を開始し、毎年、小さな工夫を積み重ね、ようやく嫌気性細菌のビフィズス菌を電気も水道もない現地で分離することに成功しました。ギニア共和国ボッソウ地区の野生ニシチンパンジーからは、Bifidobacterium angulatumと思われるビフィズス菌を分離するとともに、B. catenulatum, B. pseudocatemulatumの配列を検出しています。 飼育下のニシチンパンジーからは、B. catenulatum, B. pseudocatemulatumに加えてB.dentiumを検出しています。(これらの研究は、京都大学霊長類研究所松沢哲郎所長(当時)が獲得されたHOPE資金の援助を受けて実施しました)

(→ボッソウチンパンジーと霊長研飼育個体の比較 Uenishi et al.2007)
(→ 野生チンパンジービフィズス菌のPCR検出Ushida, 2009)
(→ ボッソウチンパンジーからのビフィズス菌分離 Ushida et al. 2010)

ボッソウの野生ニシチンパンジーおよび飼育下のニシチンパンジーからは、人間から検出されるビフィズス菌しか検出されませんでした。しかし、藤田志歩先生(現 鹿児島大連合獣医)から試料提供していただいて予備的に調査したガボンの野生ニシローランドゴリラからは、未知のビフィズス菌の配列を検出することができたので、2009年よりガボン共和国ムカラバ・ドゥドゥ国立公園の野生ニシローランドゴリラの菌検索を行いました(注1)。その結果、ビフィズス菌Bifidobacterium moukalabenseを新種として確立することができました。さらに、野生および飼育ニシローランドゴリラから新種乳酸菌Lactobacillus gorillaeを分離し、これも新種として確立しました。
(ガボンにおける研究は、京都大学山極寿一教授(現総長)が代表であったSATREPSプロジェクトの一部として実施したものです)

(→ ゴリラの新種ビフィズス菌 Tsuchida et al. 2013)
(→ ゴリラの新種乳酸菌 Tsuchida et al. 2014)
(→ 土田さやか氏 博士論文)

B.moukalabenseは、ビフィズス菌の系統グループのなかでB.adolescentisグループに属します。このグループには、B.dentiumB.pseudocatenulatumB.catenulatumも含まれます。 B.moukalabenseは、これらのビフィズス菌と近縁で、ヒトとビフィズス菌の共進化を考察するうえで良いモデル系になると考えています。B. moukalabenseは、ヒトからはすでに失われてしまったビフィズス菌であることから、どのような遺伝的要素の欠落によってヒトのビフィズス菌となり得なかったのかが推測できますし、ヒトのビフィズス菌(B.adolescentisグループ)にどのように進化していったのかを考えれば、ゴリラとヒトの共通祖先から、現在のヒトに至る進化の中で、腸内細菌が適応しなくてはならなかった腸内環境の変化を明らかにできると考えています。そうした観点で、現在瀬川高弘先生(山梨大・極地研)、ディラン・ボニントン研究員(東工大)、福地佐斗志先生(前橋工大)らの協力を得て、これらのビフィズス菌の詳細検討を進めています。

この新種ビフィズス菌に加えて、一緒に研究をしている土田さやか特任助教が「ゴリラに共通して存在し、ヒトには見つからない」新種乳酸菌L.gorillaeを発見しました。L.gorillaeは、ガボンの野生ニシゴリラと動物園で飼育されているニシゴリラから分離したものですが、PCRによる検査ではアメリカの動物園飼育個体やウガンダの野生マウンテンゴリラにも存在が示唆されていました。
土田助教が2015年9月に行ったウガンダ共和国ブウィンディ国立公園の野生マウンテンゴリラ調査で、同じL.gorillaeを分離することに成功しました。ただし、これらの菌株は、系統的にガボンのニシゴリラから分離された株と違いのある可能性もあり、現在、詳細に解析する準備をしています。
ちなみに、我々が、L.gorillaeを分離し、新種として確立するまでは、野生のゴリラの糞などからPCR検出される配列をデーターベース照合しても帰属不明のPCR増幅配列としか一致しなかったのですが、我々がL.gorillaeを発見し新種として確立したことで、糞などのDNAからPCR検出される増幅配列が、きちんと同定された種にヒットするようになったわけです。(培養に基づく古典的な細菌学は、ある意味で職人的な技術の裏付けが必要なうえに、同定手続きの厳密さや嫌気性細菌を育てることに手間がかかることなどから、重要であるにもかかわらず、ほとんど人気のない分野になってしまったのかもしれません。自分の身の回りでも「新種を出したからといって、そんなものが一体何の役に立つのだ」という言葉が投げかけられることも少なくありません。しかし、こうして検索結果の上位に我々が確立した新種の配列がヒットしてくる様をみると、「自己満足」かもしれませんが微生物生態学も含めて微生物学に貢献した実感があります)。
ところで、L.gorillaeでは、株ごとの生理性状に大きな違いが認められました(当たり前ですが、こうした情報も細菌を分離したから手に入れることができます)。この乳酸菌は、リボタイピングをすると野生由来の分離株を含むグループと飼育個体由来株しか含まれないグループに分れるとともに、前者(野生型)に比べて後者(飼育型)ではNaClに対する耐性がはるかに高いことがわかりました。
これらの業績で、土田博士が、朝日新聞社「関西スクエア賞」(注:パンフレット10ページ目をご覧ください) および日本霊長類学会33回大会最優秀ポスター発表賞を受賞しました。

(2)ゴリラやチンパンジーの変わった食事
野生ゴリラの食べる野生の食物には、Kは多いもののNaが絶対的に不足しています。草食動物の食物である植物には本来Kが多いもののNaやCaは少ないからです。そのため、草食動物には、奇妙な食習慣があって土を舐めるなどの行動の起こることがよく知られています。ボッソウのチンパンジーではCaを補うためにとくにCaを必要とするメスでAlbizya zyzia というミモザ科の植物の樹液が固まった捻出物を頻繁に摂食します。
(→ チンパンジーのガム食の考察 Ushida et al. 2005)
ムカラバのゴリラたちもAnthostema aubryanumという種類の樹木を、この木が死んでしまってからむさぼり食います。この木は、ゴムの木の親戚で、生きているときに皮をはぐと、白い樹液を出します。この樹液には、毒が含まれており、川に流すと魚が死んで浮かびますし、眼に入ると眼がつぶれてしまうと村人達は言います。毒のありそうなものまで食べなくてはならない理由は、ミネラルではないかと考えて測定してみたところ、この種類の枯死木には高い濃度のNaとMgが蓄積していることがわかりました。不思議なことに、生きている時のNa濃度は低いのです。
(→ ゴリラの枯死木食の考察 Iwata et al. 2015)
(→ 「ゴリラやチンパンジーの食事から考える人の食事の変遷」 FFIジャーナル)
なぜ死ぬことによってこの木のカチオンの濃度が高くなるのかは、よくわかりません。特殊なキノコの関与を疑ってAnthostema aubryanumに生えるキノコの検索と分類をしてみましたが、これと言って特異的なものを見つけることができませんでした。キノコとしては、世界中のどこにでも見つかるものばかりだったからです。
ともかく、野生の草食動物はNaなどミネラルの確保が食事上の重要課題であることは間違いありません。ちなみに肉食獣は、動物の体を食べるのでこうした不足が問題になることはありません。
このように野生のゴリラの暮らしではNaが不足することが多いのです。一方、飼育されているゴリラたちの食事は、栄養がよく考えられていますから、こうした不足は起こらないばかりか、野生の暮らしの理解が浅い古い時代ではむしろ過剰なNaが供給されていた可能性も否定できません。ヒトの食事は、塩が多いのです。こうしたことから、飼育型のL. gorillaeに野生型はない高い食塩耐性能が獲得されたのではないかと推測しています。現在ゲノム情報を詳細解析中ですが、これまでのデータをまとめたものが、Genome announcements誌に掲載されました(→L.gorillaeのゲノム解析結果 Tsuchida et al. 2015)
これらのL.gorillaeのうち、京都市動物園のニシローランドゴリラから分離した株を使って、「ゴリラフロマージュ」がつくられました。


(3)ヤクザルの腸内細菌研究
2014年から京都大学霊長類研究所の半谷吾郎さんとヤクザルの腸内細菌の研究をしています。屋久島には、野生のニホンザルの群れが生息しており、古くは若き山極寿一さんたちが、サル小屋と呼ばれる家に住み着き研究を続けてこられました。爾来数十年が経過して、永田のサル小屋のそばには、京都大学野生動物研究センターのコンクリート造の施設に加え、新たに大学院のこぎれいな施設もできました。
ここのサルのうち西部林道周辺に住み着いて観光客の目を楽しませている群れの腸内細菌の網羅解析は、半谷さん達のグループがすでに行っているので、私たちは、特徴的な細菌の分離を目指しています。大川林道の最上部に生息する群れは、西部林道の群れとは違って冬季には雪が積もるような地帯で厳しい生活をしていますから、そうした生活を支える腸内菌の存在を期待してのことです。現在までいくつか詳細検討の対象になりそうな嫌気性菌を分離しており、生理性状検査のほかゲノム解析も開始しています。
そのうち、これまでSarcina属としてClostridium属とは区別して扱われてきた菌種の同定とゲノム解析を実施し報告しました。(→Draft Genome Sequences of Sarcina ventriculi)
また、繊維質の分解にはたらく細菌種を複数分離していますが、草食動物によく見られるBacteroides属にくわえて大腸菌Escherichiaの一部も繊維分解に直接貢献していることがわかってきました。

注1:研究生活の日常の一部を単行本で紹介しています。また出版社の紹介ページには、動画も数点あげておりますのでご覧ください。 (→ 「ゴリラの森でうんちを拾う」の紹介ページ)





(4)イノシシ科

ヒト科霊長類の研究と平行して、日本の養豚場で飼育されるヨーロッパ品種のブタ(Sus scrofa domesticus)およびアフリカの寒村で放し飼いにされているアフリカ種ブタ(Sus scrofa domesticus)、野生および飼育イノシシ(Sus scrofa scrofa)、野生および飼育のアカカワイノシシ(Potamochoerus porcus)、野生および飼育のイボイノシシ(Phacochoerus africanus)、野生および飼育のモリイノシシ(Hylochoerus meinertzhagen)の腸内細菌を分離比較することで、イノシシ科動物の家畜化と腸内細菌の適応を明らかにしようとしています。
動物の腸内細菌叢は、宿主特異的な細菌で特徴づけられますが、上述のゴリラやチンパンジー、ヒトに限らず宿主特異的な菌叢構成は、宿主生体機構の進化や食性の変化のなかで確立されたものです。イノシシ科のブタに特異的な腸内細菌について研究を始めた理由は、宿主特異的な腸内細菌叢の起源と進化を検討するうえで、ブタは直接の起源となった野生種(いわゆるイノシシ)に加えて系統的に近縁な野生動物(アカカワイノシシ、イボイノシシ、モリイノシシ、ヤブイノシシ)も現存するために、ほ乳類では最適なモデルとなると考えたからです。
ブタは、豊橋飼料の福田菊人先生のご協力で、愛知県内の養豚場から糞を採取しました。それに加えて京都府大の農場で飼育されていたブタの糞も採取しています。アフリカ種のブタは、ガボン共和国ニャンガ県モカベ村で飼育されている個体群から採材しました(注2)。野生のイノシシは、滋賀県の猟師さんによって狩猟解禁期に捕られた個体、群馬県の猟師さんの協力によって狩猟解禁期に捕獲された個体、京都府の害獣駆除用のワナにかかった個体、および六甲山中で採取した新鮮糞を用いています。また、飼育イノシシ試料は沖縄県内の農場で飼育されている個体群から採材させていただきました。
野生アカカワイノシシの試料は、ガボン共和国ムカラバ・ドゥドゥ国立公園内のモン・ドゥドゥ山周辺の熱帯林で採取しています。アカカワイノシシの飼育個体試料は、よこはま動物園ズーラシアおよび横浜市繁殖センターのご協力を得て採取しました。イボイノシシについては、ガーナ共和国モレの野生個体群とアクラ動物園の飼育個体群から採取しています。モリイノシシは、現在、ウガンダでの採取を予定しています(2015年9月の探索では、残念ながら見つけることができませんでした)。
  まず、これらの野生および飼育個体由来の糞から抽出したDNAに対して次世代シーケンサーを用いたメタゲノム解析をおこないました。この手法によって、これらの動物の腸内細菌ばかりでなく真核生物に由来する配列の検出も可能になるからです。また、定量的な解析をリアルタイムPCR法を適用して実施しました。
解析の結果わかったことは次のようなことです
まず、イノシシ科動物の腸内菌叢は、その構成から野生個体群と飼育個体群の二つの大きなクラスターに分かれました。前者ではBifidobacterium属が優勢で、後者ではLactobacillus属が優勢でした。おもしろいことにアフリカで粗放に飼育されているブタの腸内菌叢はどちらかというと野生個体群のクラスターに含まれました。一方、大腸菌群に関しては、アフリカのブタを含む家畜ブタ(Sus scrofa)と飼育されているイノシシ(Sus scrofa)で優勢菌群として検出されたのに、その他の動物(野生と飼育のアカカワイノシシPotamochoerus porcusおよび野生のイノシシSus scrofa)からは上位菌種としては検出されませんでした。本研究から、Sus属の家畜化によって大腸菌群が優勢となったほか、穀類を多給する飼育技術の導入によって、Lactobacillus属優勢の腸内菌叢が発達したと考えられました。この内容は、Animal Science Journal2015 Aug 27. doi: 10.1111/asj.12492に公表しました。

分離された多くの乳酸菌のゲノム解析を、京都大学の丸山史人先生と進行中ですが、そのうちブタ由来のビフィズス菌とイノシシ由来のビフィズス菌Bifidobacterium thermacidophiluのゲノム比較を行い、イノシシ由来株に見つかる繊維分解に関わる遺伝子の多くが、ブタ由来株では欠損していること、水平伝播したと考えられる薬剤耐性遺伝子がブタ由来株にのみ見つかることなどをあきらかにしました。この内容は、Fronties Microbiology誌に公表しています。 このゲノム解析については、理化学研究所の大熊盛也先生のご協力を得ています。また、シーケンスそのものについては、「ゲノム支援事業」の援助を受けて実施しており、宮崎大学医学部の林哲也先生(現九州大学)、小椋義俊先生(現九州大学)、遺伝研の豊田敦先生のご助力を得ました。





(5)アフリカゾウ

ガボンの森には多くのシンリンゾウ(マルミミゾウとも呼ばれる)(Loxodonta africana cyclotis)が住んでいます。アフリカゾウとしてよく知られるサバンナゾウ(Loxodonta africana africana)は、もっぱらサバンナに暮らしていますが、シンリンゾウは、サバンナと森の両方を使っています。食事の内容は、ゴリラとよく似ています。かれらは、同じ森の中で暮らしているので、食べ物が似ているのです。もちろんMammea africanaのように大きくて皮が厚いためゾウくらいしか食べることのできない果実もあります。 ゾウたちは、雨期になって森に果物がたくさんできるようになると森の中に入ってきます。森の中の獣道は、ゾウが作ったと言っても過言ではありません。大きな彼らが歩くと地面が踏み固められ、立派な道ができあがります。こうしてできた獣道は、ゾウだけでなく他の多くの動物の利用します。道のところどころに転がるヒトの背丈くらいの石は、ゾウがおなかを掻くために使うのでつるつるになっています。こうして彼らは、食べ物を探して昼も夜も森の中をうろつくので、頻繁に遭遇してしまいます。森の中に作ったキャンプ地も、その周囲をゾウが歩き回るので、寝ているテントのすぐ近くをゾウが藪をバキバキいわせながら通っていくと、生きた心地がしません。一度ならず薄暗い森の中でゾウに出くわして、大急ぎで逃げたりもします(注2)。
山極寿一さんと話すなかで、同じ単胃動物で後腸発酵をするゾウとゴリラの腸内細菌は似ているのではないかということになり、調べてみることにしました。夜中に森を歩き回っているゾウの糞は、朝行くとたやすく見つけられるのですが、排泄後の時間がたちすぎていて(冷たくなっている上に、繊維が多くてぱさぱさしているので、空気が透徹しやすく嫌気性の細菌が生き残っている確立が低いのです。意外と新しい糞を拾うのが難しい動物です。ゴリラやチンパンジー、アカカワイノシシやイボイノシシのように、後をついてまわって排泄直後の糞を採取することは、危険すぎてできないのです。
数年かけて何回かゾウの新鮮糞を拾うことに成功しました。そこから細菌を分離したり、細菌DNAの網羅解析をしたりしました。じつは、ゴリラのビフィズス菌B.moukalabenseは、ゾウからも分離できています。土田さやかさんが、網羅解析を実施したのですが、驚いたことに、読めた遺伝子配列のうち既知の細菌種と一致するものは、同じ森に住む他の野生動物(ゴリラやチンパンジー)と比べて圧倒的に少なく、半分くらいは未知の細菌種ではないかと推測されました(→ TROPICS掲載論文。Tsuchida & Ushida, 2014)。ゾウの腸内細菌の仕事は、まだ道半端で、絶対新種と確信できるものがうまく分離できていません。嫌気度の問題がクリアーできていないからだと考えています。




注2:アカカワイノシシやイボイノシシ、アフリカのブタの採材の様子について、雑誌「Pig Journal」(アニマルメディア社)に2013年より連載しています。ゾウに追いかけられて崖を必死に登り、宙に突き出すように生えている樹木に掴まって宙ぶらりんのまま1時間を過ごしたことがありますが、このときの話も同じ雑誌の連載の中で書いています。 注3:NHK番組、エクストリームミッション(2018年3月29日放送)で、調査の様子が取り上げられました。

(6)ニホンライチョウ

絶滅が危惧されるニホンライチョウ(Lagopus muta japonica)の域外保全のため、かれらの厳しい野生生活をささえる力を持った野生ライチョウの腸内細菌を分離し、飼育個体にプロバイオティクスとして利用する研究を進めています。(→ 概念図)
この研究は、よこはま動物園ズーラシアの園長であり日本大学の教授でもある村田浩一先生とお話しする中で固まってきたもので、よこはま動物園ズーラシア内に設置されている横浜市繁殖センターの須永絵美所長(現在、横浜市)、市野瀬碧さん、白石利郎さんと開始した共同研究です。また、立山に生息する野生ニホンライチョウから行った採材では富山雷鳥研究会の松田勉さんや雷鳥荘さんのご協力を得ています。 (→雪の中を探索中)  野生ライチョウと飼育ライチョウでは、もちろん環境のすべてが異なりますが、腸内細菌を次世代シーケンサーを用いて網羅解析するとあまりの極端な違いに驚きました。立山の野生ライチョウの主要な腸内細菌は、多くのものが野生のヨーロッパオオライチョウ(Tetrao urogallus)と共通する細菌でしたが、飼育されているライチョウ(ノルウェー産ライチョウLagopus muta hyperborea)では、ニワトリやブタ、ヒト由来の細菌が主要なものでした。 (→JVMS誌掲載論文)
鳥は、卵から生まれてくるため、孵卵器内で人工孵化させると親鳥とは物理的に隔絶してしまうので、野生とは違って親鳥の腸内細菌をもらうチャンスが全くありません。従って、人工飼育をするとライチョウに特異的な腸内細菌は、容易に失われてしまいます。失われた細菌の中には、ライチョウの生活を保障する重要なものが含まれている可能性があります。
そのため、野生ライチョウから分離した細菌のうち、孵化後すぐに腸管に定着しそうな細菌を選んで、現在、飼育ライチョウに投与試験中です。野生ライチョウの腸内細菌を再構築することができれば、域外保全から自然復帰という道筋も見えてくるのではないかと期待しています。
これまで野生のニホンライチョウの糞から、数年がかりでようやく分離に成功した細菌のうちRuminococcus属やCoriobacter属については、標準株と比べたときに配列の一致度が低いので、新種の可能性が高いと考えています。じつは、これらの細菌の配列が、次世代シーケンサーで解析した場合に最も多く見つかるものでした。これらの細菌は、これまで未知のもので有った可能性が高く、野生のライチョウに特異的なものと考えられることから、野生復帰の前にかならず接種すべきものだろうと考えています。
もともと、野生ライチョウの糞を雛に直接与えればよいだろうと考えていましたが、村田先生のご研究で、野生のライチョウにもニワトリと同じような原虫感染症(コクシジウム感染)がかなり高い頻度で見つかるため、コクシジウム原虫に感染させないためには厳密な検査が必要になります(→Int J Parasitol誌)。そこで、立山のライチョウから分離した細菌を選抜して与える方法をとらざるを得なくなりました。
2015年度より、立山ライチョウの乳酸菌を中心にスバルーバルライチョウの雛に与える試験を始めています。
また、土田さやか助教が、タンニン分解活性が非常に高い細菌を立山のライチョウから分離に成功しました。(→J Gen Appl Microbiol誌)。最初の菌株は、11月後半の雪の降る「一の越」の付近で、雄山から室堂に下りている急な尾根の中腹にいたオスのライチョウの糞から分離したのですが、この時期は、ハイマツの実などを食べていることから考えると、極めて理にかなっています。この菌の活性は、標準株になっているコアラから分離された菌よりも数百倍もタンニン分解活性が高く、腸の中に食べ物をためておく時間が短い鳥では、体の大きな動物に比べて、反栄養物質分解活性の高い細菌が必要なのかもしれません。また、今進めている研究では、野生ライチョウから、かれらの食物に含まれる毒物を分解できる細菌の存在を突き止めています(→Jpn J Zoo Wildlife Med誌)これらの毒物分解菌の同定も進めていますので、いずれ野生の生活に必要な腸内細菌のセットを示すことができるのではないかと期待しています。
これらの研究の進捗については、第16回ライチョウ会議静岡大会で発表し、会議の中で域内保全のパイオニアである中村浩志先生(信州大学)より貴重な情報を提供していただきました。先生の観察によると、母鳥に連れられた雛は、通常、前を歩く母鳥を必死に追っかけているのですが、盲腸糞を母親が排泄した場合、雛たちは母鳥を追うことをやめて母親の盲腸糞を取り囲み摂食しているのだそうです。ライチョウの巣の中は、清潔で糞で汚れていることがないため、母親の腸内細菌の垂直伝播の方式がよくわからないでいたのですが、この観察によって、かれらが生存に必須の腸内細菌を親から子へと伝えてきた方法がわかりました。

注)ヨーロッパオオライチョウは、森の中で暮らしている種で、実物は、よこはま動物園ズーラシアで展示されています。