研究成果報告
分担課題水素による疾患制御、および発癌、加齢疾患の予知、予防法の開発
1) 背景
水素は新規抗酸化分子として日本医大・太田らにより2007年に提案されて依頼(nature medicine 2007) 3年間で50編以上の論文で主に齧歯類の疾患モデル動物を用いてその効果が示されている。太田らは水素がヒドロキシラジカルを選択的消去する事により新規抗酸化分子として機能すると報告したが、ヒドロキシラジカルを選択的消去のみでは説明のつかない未知の生体作用があると推察される。これまでに生体内ガスとしてしられるNO, CO, H2Sはシグナル分子として生理的な機能を有していることが知られている。水素は腸管内で大量に腸内ガスとして作られている事実があり、水素は第4の生体内シグナル伝達ガスとして機能している可能性がある。人への臨床治験が既に開始されており、今後短期間に臨床応用される可能性もある。しかし水素作用の分子機構の完全な理解にはまだ時間を要すると思われるのが現状である。
一方研究分担者は発癌関連分子であるCD109を全身に発現させたトランスジェニックマウスを作成した。CD109は生活環境因子の紫外線により誘発される皮膚がんなどの扁平上皮癌にその発現が増加しているとされ、発癌過程との関連が注目されている分子である。CD109が発癌過程の中でどの様に機能しているかは、マウスを用いた個体レベルでの解析が不可欠である。CD109を全身に発現させたトランスジェニックマウスを用いて生活環境因子誘発性発癌が、CD109の強制発現によりどの様に修飾されるかが興味深く、作成したトランスジェニックマウスの表現形の解析を進めるとともに、扁平上皮癌発癌モデルにおけるCD109発現の役割についての検討の準備を進めている。
2) 平成21年度研究成果
2-1) 水素による疾患制御
平成22年度は疾患モデル動物における水素の効果を検証し、疾患の予防として役立つかどうかを評価した。昨年度は水素の生体内における動態ラットを用いて検討し、水素ガスおよび水素飽和水を投与後の水素の血中濃度、肝臓、腎臓の臓器濃度の測定より、肝臓における濃度の一過性増加が特徴的な知見として明らかになった。この結果よりこれまでにモデル動物において報告された効果の一部は肝臓が標的臓器となり効果を仲介している可能性が示唆された。そこで肝疾患モデルにおける水素作用の検証を重点的に今年度は行った。食中毒毒素であるセレウリド毒素による肝障害モデルでは、水素ガスの吸入、溶存水素水の腹腔内投与により肝障害が軽減されることを病理組織像、血清生化学的に確認した。ヒト肝臓癌由来HepG2細胞などを用いた解析により、水素はカリウムイオノフォアであるセレウリド毒素によるミトコンドリア膜電位低下を防ぎ、その結果ミトコンドリア膜電位低下に伴うチトクロームCの放出に始まるカスペース活性化を抑制し、アポトーシスから細胞を保護する可能性が示唆された。これらの観察より外来性環境因子の一つである細菌毒による肝臓障害を水素投与により軽減する新規予防法の開発につながる可能性がある。この結果は2010年日本分子生物学会・日本生化学会合同大会(BMB2010)にてポスター発表し現在論文投稿準備中である。さらに分子状水素医学シンポジウムにおいても発表を行った。次に肝臓疾患モデルとして非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を取り上げて水素の効果を検証した。NASHは生活習慣病の一つであり、一部の症例では脂肪肝から肝硬変を経て肝臓癌に進行する場合もある最近注目される疾患である。NASHモデルマウスに水素ガスを吸入させたところ炎症、腫瘍形成が軽減する一方形成された肝臓癌の病型にも水素投与による修飾が観察された。来年度にこれらの結果を検証し、分子メカニズムを明らかにする予定である。さらに肝臓に対する水素の影響を遺伝子レベルで明らかにするために、ラットのNASHモデルを用いて、今年度本研究費で備品導入されたDNA microarray解析装置であるGeneAtlasを用いて、通常飼育時、CDAA食の投与による酸化ストレス負荷時、それぞれ2つの条件で水素の投与の有無に伴う遺伝子発現の差を検討した(ハイライト参照)。解析の結果100以上の遺伝子が水素投与により遺伝子変動を示すことが明らかとなり水素の生体作用を明らかにする突破口となる可能性がある結果であり来年度にさらに解析を進める予定である。なおDNA microarray解析の結果の一部は2010年日本分子生物学会・日本生化学会合同大会(BMB2010)のワークショップの中で紹介した。その他の疾患モデルとしてLPSの気管内投与により作成された急性呼吸窮迫症候群(ARDS)モデルでは水素がLPSの気管内投与に伴い引き起こされる肺水腫の病態を軽快させることを示した。さらに水素が炎症性サイトカインであるTNFの発現を転写レベルで抑制していることを見いだしている。水素はTNFの発現抑制を介してその効果を示している可能性がありさらにその分子機構を検討している。
2-2) CD109トランスジェニックマウスの解析
昨年度マウスCD109遺伝子をアクチンプロモーターであるCAGプロモーターの下流に挿入し、マウス受精卵に導入しCAG-mCD109トランスジェニックマウスを作成した。今年度は免疫染色でその臓器発現を詳細に明らかにした。高発現を示す2系統では、肺、心臓、膵臓、腎臓の糸球体、皮膚などに強発現を示すことが確認できた。現在名古屋大学大学院医学系研究科・腫瘍病理・高橋雅英教授との共同研究としてCD109のノックアウトマウスと交配することでノックアウトマウスに伴う表現型を回復しうるかの検討を進めている。さらに発癌モデルマウスと交配することで、発癌の進展がどの様に修飾されるかを検証するとともにCD109に対するモノクローナル抗体を作成しその血中濃度を測定することで発癌の予知に役立てることが可能かどうかを来年度以降の課題として検討している。
3) 成果発表
3-1) 原著論文
- Murakami M, Ito H, Hagiwara K, Yoshida K, Sobue S, Ichihara M, Takagi A, Kojima T, Tanaka K, Tamiya-Koizumi K, Kyogashima M, Suzuki M, Banno Y, Nozawa Y, Murate T. ATRA inhibits ceramide kinase transcription in a human neuroblastoma cell line, SH-SY5Y cells: the role of COUP-TFI. J Neurochem 2010;112:511-520
3-2) 学会発表(シンポジウムを含む)
- 伊藤智広、藤田泰典、伊藤美佳子、増田章男、市原正智、小島俊男、野澤義則、大野欽司、伊藤雅史. 分子状水素によるT型アレルギー抑制の分子機構. 第130回日本薬学会、岡山、2010年3月
- 伊藤智広、藤田泰典、伊藤美佳子、増田章男、市原正智、小島俊男、野澤義則、大野欽司、伊藤雅史. 分子状水素によるT型アレルギー抑制機構の解明. 日本基礎老化学会第33回大会、名古屋、2010年6月
- 市原正智、祖父江沙矢加、山井一晃、大桑哲男. 水素水投与後の血中・臓器濃度と肝臓内酸化ストレス軽減効果の検討. BMB2010 、神戸、2010年12月
- 祖父江沙矢加、岡本陽、安形則雄、市原正智. Cereulide毒素による肝障害に対する分子状水素の肝保護効果の検討. BMB2010 、神戸、2010年12月
- 祖父江沙矢加、岡本陽、安形則雄、市原正智. 分子状水素投与による肝保護効果の検討. 分子状水素医学シンポジウム、名古屋、2011年2月
5) 研究協力者
祖父江沙矢加 (中部大学生命健康科学部生命医科学科助手)
